グスコーブドリの伝記

今回ご紹介するのは『グスコーブドリの伝記』ですわ。宮沢賢治の代表作のひとつとして有名な作品ですわね。イーハトーヴに生まれた主人公「グスコーブドリ」が冷害による飢饉を通じて数奇な運命を辿り、職を転々として、最後には冷害をなくすために火山を噴火させるという物語です。

映画では、生き別れになった妹ネリによる回想録となっていて。イーハトーヴの自然の厳しさ、それに向き合うブドリや周囲の人々の姿が詳細に描かれていてよ。特に火山を噴火させる最期はドラマティックでしたわ。ひとり残って穏やかな顔で自爆なんてそうそう出来ることではありませんわ。

この作品を一言で述べるなら、そうね。

「あなたはこんな顔で死ねますか?」かしら。

そんな訳で、遠い昔に『グスコーブドリの伝記』を地元の文化会館で観たわたくし。プライム・ビデオで配信されていることに気付いてウッキウキで視聴しましたの。ああ懐かしい。緑に囲まれた美しいイーハトーヴ……そこに住む仲良しな兄妹……。何かが違う……。

えっと、なんだかケモナー御用達アニメになってるのだけれど……。

それでは改めて、今回ご紹介するのは2012年に公開された『グスコーブドリの伝記』ですわ。キャラクターがすべて猫の姿をしているますむらひろしによる漫画版をベースとしているの。まったく存在を知らなかったので初見では蟹のように泡を吹く羽目になりましたわ。

なんというか、かなり魔改造を施された作品。『銀河鉄道の夜』や『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』などがミックスされた不思議な作品になっていますの。肉付けされつつも忠実に製作された旧作映画と比較するとこんなところかしら。

  • さらわれたネリや両親のその後の行方が不明。
  • てぐす工場での出来事が夢落ちのような扱い。
  • たびたび別の世界へと迷い込んでしまい、裁判にかけられる。
  • 噴火させるための自爆がすっ飛ばされる(原作どおりではある)。

原作からの変更点で大きいのはネリと再会しない、人さらいの男コトリが物語のキーマンであることですわね。原作では、ブドリが新聞に載ったことからネリが尋ねてきて、しばらく楽しい日々を送るのだけれど。こちらの映画では両親と共に最期まで安否不明――ばけもの世界の天国に行ってしまったことが仄めかされるだけでしたわ。

向こう側の世界とは、コトリの正体は、ネリはどうなったのか、ブドリが辿る運命は……火山を噴火させようとするブドリの前に現れたコトリとの顛末からイマジネーションを膨らませる作品となっていますの。

終わってみれば人さらい萌え映画だったような……。物語的にぽっと出だった彼にロールを与えて、最後までチョコったっぷりな活躍をさせるのですからかなりの優遇っぷりです。扱いとしては、『のび太の新魔界大冒険』のメジューサに通じるものがありましたわ。まあ確かに人さらいは当時に見たきりのわたくしですら覚えていたほどのインパクトのあるキャラでしたから優遇も已む無しです。

ぱっと見ただけでヤバいと感じさせるデザインが秀逸。この後「おおほいほい。おおほいほい」と妹をつれて風のように去っていく姿がトラウマものでしたわね。1994年版は傑作だと感じさせてくれる名シーンでもありますわ。

評価としては、考察が好きならといったところ。幻想的な雰囲気を醸し出す為か、表現が抽象的なので、原作をしらないとわけわかめな印象がありましたわね。特にラストのキングクリムゾンっぷりはインパクトを求める方はずっこけるかと、……原作に忠実ではあるのですが。

旧作版と比較すると、甲乙つけがたいところ。

1994年版は、やるべきことをみつけたブドリがそれに殉じるお話であり、出会った人々の人情や残されてしまう人々の悲痛など人間ドラマに焦点があたった作品。泣く泣く馬を売りにいく父親や人さらいの不気味さなど印象に残るシーンも多く、みてると何だか胸が熱くなってよ。

2012版は、妹の幻影を求めて生と死の境界をふらふらするお話。「銀河鉄道の夜」のジョバンニが生の世界に戻らなかったら――的なお話ですわね。死という概念とは、彼が生きる世界とはどんなものなのかが幻想的に描かれていたように感じましたわ。

どちらもそれぞれよろしくてよ。

2012版の世間評価はあんまりよろしくないみたいですけど。